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読書メモ『結婚がヤバい』(宗像充 著)

 「結婚って一生おごり続けることでしょ」

本書はこの一文から始まる。

 著者の宗像充の知人女性の息子が、結婚について、「男が女に一生おごり続ける関係なの?」と問いかけたという。

 日本では、晩婚と未婚がありふれたものとなり、結婚しない、子どもを産み育てない若者が、ごく普通に増えている。この流れが止まらないならば、日本社会が正常に機能しなくなっていく、経済発展は見込めなくなる。そういう危機感から、政治家は少子化対策を議論し、予算を付けて動き出している。マスメディアも、その動きを細かく報道するようになった。

 しかし、大人たちは「結婚って一生おごり続けることでしょ?」という1人の男の子の疑問に対して、納得できる答えを用意できていない。

 この男の子の疑問のあとに、読み手が男ならば、次の疑問が湧き上がってくるだろう。

 「男の子の言うとおりだ。男が女におごるばかりで、フェアではない。なぜ?」

 読み手が女ならば、こうだろう

「女は男性よりも低賃金だし、出産育児をするのだから、男性よりもハンディキャップがある。男性から経済的な保護(おごられること)は必要でしょ?」

 男と女の結婚について求める「何か」が違う。だから未婚、晩婚、少子化が続く。

 しかし、そんな男女のすれ違いが、結婚を忌避する若者が増えた理由とするには不十分だろう。

 宗像は、2007年に当時のパートナー女性に実の子どもを連れ去られた当事者であり、被害者である。そして、共同親権をもとめる国家賠償請求の原告だ。「子どもの連れ去り」を社会問題として訴えてきたパイオニアのひとりである。

 したがって、本書は社会運動の当事者の文章として政治的な文書である。しかし、それをもって本書の価値が下がると考えるのは早計だ。

 宗像は、事実婚のパートナーに子どもを連れ去られ、会えなくなった。宗像と会わせないために弁護士が雇われて、面会を阻止されている。その元パートナーは別の男性と結婚し、宗像の子どもは、その男性の養子になった。

 宗像はパートナーと別れただけで、子どもと法的に完全に他人にさせられてしまったのである。子どもに会う権利、など基本的な人権はなにもない。実の子どもが、養子縁組されても、それは相談されないし報告する法的義務はない。

 これらはすべて日本では合法である。

 主要先進国では、「child abduction 実子誘拐(拉致)」とされ、実行者は有罪判決を受けるような違法状況であっても、日本ではおとがめなし。それどころか、子どもと会えない、ということは、よほどひどいことをしたのだろう、DV加害者ではないか、と世間から白い目で見られる。

 子どもと会えなくなった親たちの中には自殺する人もいる。最近は、実子誘拐(拉致)のノウハウが広く知られるようになり、母親の被害者も増えている。家から母親が追い出されて、子どもと会えなくなるのだ。


 宗像は、子どもと会えなくなった親たちに呼び掛けて、当事者運動をはじめる。そして日本の結婚制度に詳しい専門家、実務家と交流して、結婚制度の問題点に気づいていく。行動し、理論を学んだ当事者の宗像の文章には力がある。本書はその成果のひとつだ

 宗像は、結婚制度と離婚後の法制度(単独親権制度)の不備を詳述する。

 実子誘拐(拉致)が違法ではない。警察が実子誘拐(拉致)の実行者を逮捕しない。弁護士による養育費ピンハネが横行している。離婚後に子どもと会う面会交流の約束をしても、同居親の気分次第で子どもと全く会えない。それでペナルティーがない。親権がなく法的に他人になっても高額な養育費を請求される。家庭裁判所は、同居親の意見を尊重するだけで別居親の意見はほとんど無視する。報道機関は、これらの不条理な事実を取材して知っているのにほとんど報道しない。

 結婚すると幸福になれる、と素朴に考えている人にとっては衝撃的な事実が、冷静な筆致で書かれている。

 これらの不条理が起きるのはなぜか。宗像は、日本の結婚制度は、戸籍制度と離婚後の単独親権制度にもどついているから悲劇が続くと指摘する。戸籍の筆頭者、つまりは家長が親になる。それ以外の親は、肉親であっても排除できる。それが日本の戸籍制度だ。生物学的な親よりも、戸籍に記載された親の権利が最重要視される。

 法務省と裁判所は、現行の法制度のなかで悲劇を産みだし続けている。それは、持続可能な見込みがない原子力発電所の稼働と似ている、と宗像は書く。戸籍制度と単独親権制度を組み合わせれば、離婚後に片方の親に親権を与えて、ほかの親から親権を奪い取れる。ひとりの親権者になる、という結論ありきの司法判断ならば、増えるばかりの離婚紛争を手早く大量に処理できる。それでも残る当事者間の紛争には、裁判所は関与しない。

 結果として、戸籍制度と単独親権制度は、実子誘拐(拉致)という被害者を生み、その被害者から金銭を奪い取る仕事を創り出している。弁護士にとって離婚紛争はラクな仕事だ。子どもを確保した親の代理人になれば「必勝」が確定。着手金、慰謝料、養育費ピンハネなどで売上げが見込める事業なのだ。

 諸外国もかつては離婚後単独親権制度だった。しかし、実子誘拐(拉致)が社会問題になって、共同親権に法改正がされていったという歴史がある。

 日本は、主要先進国の中でもっとも遅く共同親権の制度化を議論している。では、まもなく共同親権になるのだろうか。とんでもない。さまざまな利害関係者が、現状を維持するために、共同親権を阻止するために動いている。

 本書は、激動する家族法の法改正の舞台裏を知るための格好のガイドブックになっている。

「結婚って一生おごり続けることでしょ」 

 最後に、冒頭の子どもの疑問に対して、私の意見を書いておきたい。

「いまの結婚制度であれば、君の言うとおりだ。補足すれば、結婚すると一生、おごりつつけなければならないだけでなく、離婚して親権を失っても、養育費を請求されて、そのうえ養育費ピンハネをする弁護士におごり続けなければならない、面会交流が実現する可能性は低いし、この不条理を新聞記者は報道しない。なぜか? 法務省と裁判所に嫌われる記事は書けないからね。じゃあ、どうしたらいいのか? それは、本書を読んで考えて欲しい。絶望した? 絶望すると、相手の思うつぼになる。」

 本書は絶望しないための処方箋である。



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